近藤美智子/`HOME' project [芸術祭作品・川西]
夜間の作品なので、日中は普通の民家のように見えます。
人がいた気配を感じる作品。駐車場は黄色い看板が示す、トンネル脇の大きなスペースです。そこから集落にあがる細い道を上るところから作品はスタートしているように思えました。すこし目が慣れるまで怖いので、そこまでいくまでは懐中電灯あった方が良いかも。でも、鑑賞は暗闇で見ましょう。
小雨が当たる暗闇の中、集落に向かう小道を歩いていきます。舗装されているので足下は大丈夫。
結構お客さんもいて、小声で話す声がする。
離れた家から明かりがこぼれる。でも、静かに消える。しばらくするとまたゆっくりと輝き出す。
何軒も、何軒も、ゆっくりと点灯しては、消えていく。ただ、それだけ。でもなにか胸にこみ上げるものがある。
それだけ、ここは空き家が連なる、ということ?
普段は人が住まない、ということ?
何か複雑な思いでその場を立ち去りました。
国道沿いからも点滅は見え、5~6軒はあるようにみえました。
でも、走りながら思ったんですが…その集落を去った人がこの光景を見たら、懐かしく温かい気持ちになるだろう、と。そう考えたらなんとなく救われた気分になりました。
昨日の日報で上越市牧区が取り上げられていました。「政治は過疎を救えるか」という衆院選関連記事でしたが、無理だろう、と。山や田んぼを生業にできる時代はもう過去になってしまった気がする。でも、その地を去ってもふるさとであることは変わらない。ふるさとに帰ると家族の明かりがついている。それはありがたいことだ、と思う。
一見の価値あり。ぜひ鑑賞を。
丹治嘉彦+橋本学/再生・海そして川から vol.2 [芸術祭作品・川西]
前回は流木を使った作品。今回はその流木を炭にし、「海」「川」と「山」とのつながりを考える作品。
駐車場は作品手前。ぬかるんでいるときにはちょっと危険な感じ。注意しましょう。
流木よりもこっちがいい、と思った。黒々とした炭が木枠にはまり、堂々とした作品に姿を変えている。
かっこいい!と思いました。
炭は最近妻有や私たち東頸城丘陵のムラではよく作られ、様々な素材で作ってインテリアや木酢液を作ったりしています。身近な存在がアートになる。それだけでもなんかうれしいです。
力五山 加藤力・渡辺五大・山崎真一/還るところ [芸術祭作品・川西]
高原の過疎集落に点在する家屋の傍らに浮かぶ赤いバルーン、家々の壁面には若き日の住人を描いたペインティング、内外が銀色に輝く「銀河荘」。3 つの視点が重なるとき、私たちの来し方行く末を考えさせられる。
高倉集落は国道からさらに奥にかなりはいる集落です。3種類のアートが集落に点在し、ちょっとしたお祭りのようです。家は住んでおられるものもあれば、別荘のような造りもあり、作品の中核をなす「銀河荘」も2Fにロフトのついた寝室がある別荘風の建物です。
赤いバルーンと各家の壁面の作品は、集落を巡る道路沿いを歩くか、ゆっくり車で通りながら鑑賞できます。迷惑にならないようにせねば。道は細いです。銀河荘には旧高倉小付近に車を止めて、100mほど歩きます。
集落の入り口から、バルーンがお出迎え。
集落のいろいろなところからカラフルなバルーンが上がります。
で、家の壁面に昭和テイストの壁画が。昔の写真からおこした絵なんだろうか。
花嫁行列なんて、いまやっている集落があるんだろうか。結婚式そのものもやらない時代だからな~。私はやりませんでしたが、隣村に嫁いだ妹は100mくらいやりました。
さて、「銀河荘」
もっとぴかぴかなものを想像していたけど、そうではなかったです。アルミ箔で覆って元の板などに密着させると、フロッタージュ的に元の素材が浮き上がり、元の質感を残しつつ別な造形になる、というものらしい。なるほど~。
内部と外を見比べると圧倒的な存在感です。
階段だってこのとおり。
2F。こっこれは、泊まりたいかも、かなり。部屋の隅に四方神像がアクセントのように飾られているのがまた、いい!
夜のツアーってやつに挑戦すれば良かったかも…。ちょっと山深いので腰が引けてたけど。行った人のレポートが読みたいです。
克雪ダイナモ・アートプロジェクト(東京藝術大学) /克雪ダイナモ・アートプロジェクト [芸術祭作品・川西]
今春、閉校した仙田小学校を拠点に、東京藝術大学のコアメンバーを中心に他の教育研究機関と連携、藝大の作家/研究者・学生・卒業生・地域住民が協働するプロジェクト。
制作・展示・活動を行う7つのグループ「CAP(Crystal Art Project)」がたくさんの展示、交流活動を行う拠点として芸術祭期間様々な取り組みを行います。
駐車場は校舎入り口付近にかなりのスペースがあります。
7つのグループ、そりゃすごい。どんなことになってるんだろうか。
玄関前の花壇、プール、校舎一面に立体、平面、映像、さまざまな作品が点在していて、目がちかちかしそうなエネルギーを感じる。
校舎のあらゆるところや、壁の亀裂に至るまでアートになってしまうものすごさ、でした。どれが何の意図でどんな風に作られているのかまで、理解するには滞在時間が短すぎました。あとは、この時点で私の足下がずぶ濡れだったのでテンションが下がっていたこともあります。
うわー。これぞアートでお腹いっぱい。校舎も結構大きいので、作品数も半端じゃない。
「フロギストン」「清津峡トンネル美術館」の山本さんの炭化した作品を拡大して見る取り組みや、入り口にあった百合の花の匂いが映像と重なる作品が特に興味深かったです。が、この作品群を見た後はしばしクールダウンが必要でありました。すごすぎる。
WSなんかに参加するとまたイメージが違うのでしょうね。
西尾美也/家族の制服 [芸術祭作品・川西]
作者は衣服やユニフォームを元にしたパフォーマンスやワークショップを行う作家さんらしいです。地元を離れた家族が集まり、昔着ていた服を再現した衣装を着て、棚田の大きなスクリーンにかつての記念写真と同じスタイルの写真を撮ります。
国道沿いからもいくつかは鑑賞できます。集落内には車の乗り入れができないので、徒歩か、遠目に見るか、どちらかになると思われます。
明らかにどこか違和感があるなあ、という集合写真。いやな違和感ではないです。あれ?といった感じ。
私、息子が小3くらいのころ、娘がまだ小さくて私と一緒に寝ているのがうらやましくて「僕、今日はお母さんと寝たい!」と言いだし、いつも一緒に寝ている姑の部屋から枕をもって現れたことがありました。その姿がとてもかわいらしくて、いろいろおしゃべりしながら寝ころびながら「いそいで大きくならなくていいよ」と言ったことがあります。息子は「そお?ぼくはお兄ちゃんだからおおきくなっちゃうよ」と笑ってました。今は家族のつきあいよりも、友達との関係が楽しくて、どこかに出かけよう、といってもなかなか…ね。こうやって距離が離れてくるのよね、と寂しい限りであります。そういうなかで、昔の記念写真ってとても大事だ。この作品の制作過程で、家族の絆が確かめられたのではあるまいか。そんな温かい気分になれる作品でした。